42.195km先へ(東京マラソン2007)
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東京ビックサイトに辿り着いてから、すでに筋肉痛との戦いが始まってましたが2日経った今でも未だ完治せず。しかしながら、
本当にいい経験をさせてもらいました。大変な部分もありましたが、終えた感動の方がとても大きいです。
先ず何が大変だったかといいますと、スタート前。今回のコースはスタートとフィニッシュが別の場所なので、
着替え等の荷物を主催者に預けて運んでもらう形式になってました。荷物を指定の袋に入れて、トラックにのせるのですが、
これの受付最終時間が8時30分。雨ですし傘をさしている人が多い為、トラックのナンバーがかかれた看板をみるのが困難。移動も当然大変ですし。
係りの人は「8時半で締め切ります」とアナウンスするわで、焦ってる人も多くいました。幸い管理人はトラックの位置を教える係りの人を見つけて、
その方に聞けたので探す手間が途中から省け時間内に預ける事に成功。 そしてそこを離れ、スタートブロックを目指します。
こちらも目標のブロックの側の階段から2階部分に上がる事が出来、直ぐにスタートブロックに並ぶ事は出来ました。が、
ここからが既に戦いの始まり。ここで、少し雨宿りしてからスタート地点に向かえばよかったなと後悔することになります。
スタート地点への整列完了時間のリミットが、8時45分。これを過ぎると最後方スタートとなるようだったので直ぐに行ってしまい、
ここから傘無しで正味40分近く雨ざらし。この時間が効きました。兎に角、寒い寒い寒い。体を濡らさないように、ゴミ袋に穴をあけポンチョ代わりに被ってなければ、
完走すら危なかったかと。
しかも管理人、このようなレースが初めてだった為、
いつも走っているように走る直前のアップというか準備運動をスタートブロック内でするつもりでしたが、なんとそーゆー人は誰もいませんでした・・
・orz 都庁前の駅構内や、陸橋の下で身体をある程度伸ばしたりはしてたのですが、ぜんぜーん足りません。「寒いし、
待ってる時間に冷えるのがやだから丁度いい」と頭を切り替えてアップ開始。
本来ならばちょっと走っておきたかったところですが最初の5kmは抑えていく予定でしたので、「もっと抑えてアップを兼ねた5km走」
と置き換える事に。
スタート前には石原都知事の話や国歌斉唱等が行なわれたのですけど、管理人のポジションからは全く見えず。
スタートの号砲もよく分からなかったような気がします。その直後、録画した映像を見ますと、花吹雪が舞ってるのですけど、
スタートラインに約6分後に着いた我々にはその片鱗すら無し。ボランティアの方々が「いってらっしゃい」
と手を振っていてくれたのが印象に残ってます。都知事もずーっとスタート台の上で手を振っててくれたのは、嬉しかったです。
直進して直ぐに右折して新宿方面に向かうのですけど、この地点から既に沿道には大勢の方々が。こちらも手を振ったり、
拍手したりして感謝の気持ちを伝えます。新宿付近に一切の車がなく、そこを走っているというのはなんともいい気分。
ちょっとした坂の上から前方を見ると、目の前は見渡す限りランナー達。これが大規模な市民マラソンなんだなぁと、改めて実感した瞬間でした。
寒さや雨の為か、10km過ぎにアクシデント発生。今まで痛くなったことの無い箇所の筋肉が張ってきたというかつってきた感じが。
結局この痛みと最後まで戦う事に。途中で大丈夫かなとも思ったのですが、再び痛みだし、まあ大変でした。
この痛みで視界が足元に下がっていることが多くなり、景観を楽しむはずがそこまでの余裕がなくなってしまったのが残念でしかたがありません。
東京タワー、2回通っているのですけど、見た記憶が無いんですよねェ・・・。
中間地点を過ぎると、今大会の山場である銀座の中央通りに。足は多少痛みましたが、まだまだこの辺りでは元気。
楽しく銀座を走ることが出来ました。管理人は自らパワージェルを二つほど持参して走っていたので、
道中で給食を貰う事は考えていませんでしたが銀座の22km付近の給食所、管理人は11時半前に通過したのですが、
既にバナナ等はソールドアウト。ボランティアの人達によってテーブルも片付けられ、清掃作業にはいられてました。
水やアミノバリューは充分にあったのですが、給食に関してはラストの2つでしか見つけられなかった気がします。それだけにこれ以降の
「私設エイド」の人にランナーが群がる群がる ((((゜д゜;)))) みかんやら飴等を配ってくれていたようですが、ありがたいことです。
銀座を過ぎ、そして今度の目標は管理人が「東京マラソン」にエントリーするきっかけとなった浅草雷門へ。やはり地元を走れるというのは、とても嬉しい。しかしながら、
25km過ぎから足の痛みを忘れることができなくなり、苦しい時間帯が続く。雷門前で家族を一瞬ですが見つけることが出来、
ちょっと元気を貰い雷門前を右折。ここでも沢山の人の声援。あいにくの雨模様でしたが、
あれほどまでに沿道で応援してくれる姿を見れるとは思いませんでした。
30km手前。ここで今回の最終的な目標を設定。タイム的にはまずまず。ただ足はかなり辛い状況。周りを見ますと歩いたり、
足をマッサージしたりする参加者が目立ってきました。ならばこちらは絶対に歩かない。『完走こそが目標』。まあ、4時間もかかってゴールするレベルですと、1回マッサージしたり、
歩いて再び走ったほうがタイム自体はよかったりするようですが、初マラソンですしまずは完走を目指す事に。
再び銀座へ。しかしこの頃になると疲労もたまりだし、気持ちだけで前に進んでいたと思います。銀座の町並みを駆け抜けると35km地点に。
マラソン対策として走った最長距離が35km。なのでこれ以降は未知の世界への挑戦です。しかも、
今大会もっともキツイといわれていたウォーターフロントの橋越え。まずは佃大橋の上りだったのですが・・・。あれ?こんなもん?
というのが上まで上がった時の気持ち。佃大橋の上りに関しては拍子抜け。毎日荒川にかかる千住新橋を上がっているのが、
こーゆー場面で有効になるとは。あの坂に感謝しなければいけませんね、これは。だがしかし、上がれば今度は下る訳ですが、ここが地獄。所謂
「足にきてる」状態で下るのがこんなに大変とは思いませんでした・・・。
もっと辛かったのが豊洲の駅前を越えた東雲橋の下り。距離的には短かったのですが、
こことこれ以降のゴールまでの2kmが一番苦しかったポイント。2〜3年ぶりに豊洲に来たのですが、随分様変わりしていてびっくり。
以前よく通った道だけに、ここまで変貌しているとは思いもよりませんでした。
原付バイクで何時も二段階右折していたお弁当屋さんの前の道を入って行くと、ラスト2kmに。夢の舞台もあと僅か10分程度でThe End。
しかしながら、ここのストレートをこんなに長く感じることになるとは。左折すればゴールの東京ビックサイトになるのが分かっているだけに、
気持ちが焦るわ、足は痛いわ。ここでも沢山の応援を頂き、なんとか通過。当初、「佃大橋以降、沿道の応援は減るのではないか」
と言われていましたが、管理人が走っている時間帯は全くそんなことはなく、思った以上の声援を受けることが出来、力になりました。
ビックサイトの横を通り、右折して中に入ると念願のゴールゲートが。
ゴールゲートを見た時、今までの寒さや辛さと引き換えになんともいえぬ思いを貰いました。ゴールした瞬間は頭の中は真っ白。
よく覚えてないんですよねぇ。嬉しかったのとほっとしたとは思うのですが。
完走メダルやお水をボランティアの方から頂き、「お疲れ様」と声をかけられ、こちらも「ご苦労様でした」と返しました。 その後沢山のボランティアの人達に同様に「ご苦労様でした」と声をかけたのですが、ふとある時のことを思い出しました。 それは2002年の日韓共催のワールドカップを大分県の大分スタジアム(現九州石油ドーム)へ観戦しに行った時。 大分スタジアムには年齢や性別関係なく、様々なボランティアの人達の助けによって素晴らしい運営がなされていました。 あの時の雰囲気に近いものを今回のボランティアの方々にも感じることが出来ました。大勢の人達の力によって、42.195kmを走破できたんだなぁと改めて感じています。本当にありがとうございました。
こーして初レース初マラソン初完走となった訳なのですが、来年はどーしますかねぇ。 少なくともボランティアとしては必ず参加したいという希望はあります。ただ、4時間を切れる体ができるのであれば、 もう一回チャレンジしてみたいなぁーという思いも。しかし、この時期の寒さを考えると躊躇してしまうのも事実です。まあ、 来年あるのかどーかもよく分からないですし、時間をかけて考えてみます。何が足りないのかもよく分かったので、 それを補うトレーニングも始めたいです。
佃大橋を上って歩道の無い陸橋部分を走っていると、どこからかあるはずの無い「がんばれー」と女の子の声援が。見渡してみると、 左手のマンションのベランダにちっちゃな女の子が一人一生懸命に声援を送ってくれていました。 これに気付いたランナーは手を振って答えていたのがとても印象的だった管理人でございました。当然、私も手を振って答えましたよー。
東京マラソン2007
http://www.tokyo42195.org/
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